朝井リョウ『チア男子!!』感想文:映像向きの作品を小説で描いたのは朝井リョウの計算か否か?

  • 2021年6月30日

作品が好きであることと、その作品を生み出した作家自体を好きであることは全くの別物である。

例を挙げるとするならば百田尚樹の作品がある。

男たちの熱い人生の戦いを描く百田尚樹の小説たちが僕は大好きで、陶酔していると言っていいだろう。しかし、百田尚樹が好きなわけではない。本人の事はむしろ嫌いだ。それでも本人の好き嫌いと作品の好き嫌いは関係がない。

当然、逆の例もある。

僕は今回紹介したい作品の作者である朝井リョウがとても好きだ。僕は「朝井リョウ加藤千恵のオールナイトニッポン0」を全部聞いていたパトロンでもある(このラジオではリスナーの事をパトロンと呼んでいた)。だから本人の事は大好きだ。

だが、僕はこの作品。『チア男子!!』に関しては、朝井リョウ以外の作家が描いた方が良い作品になっていたのではないかと思ってしまう。作品がつまらないわけではないのだが、少し気になる部分が多い作品なので、様々な感情と共に今日はこの本の紹介していきたいと思う。

チア男子!!

スポンサーリンク

あらすじ

柔道の道場主の長男・晴希は大学一年生。姉や幼馴染の一馬と共に、幼い頃から柔道に打ち込んできた。しかし、負けなしの姉と較べて自分の限界を察していた晴希は、怪我をきっかけに柔道部退部を決意する。

同じころ、一馬もまた柔道部を辞めていた。幼くして両親と死別した一馬は、あるきっかけから、大学チアリーディング界初の男子チーム結成を決意したのだ。晴希と一馬は、宣伝やスカウトなど紆余曲折を経て、理屈屋の溝口、内気で巨漢のトン、関西出身スポーツバカのイチローと弦という超個性的なメンバーを集める。なぜか参加を拒む体操界のプリンスをなんとか参加させ、目指すは秋の学園祭の初ステージ。

男子チアへの冷たい視線や各メンバーの葛藤を乗り越え、7人は初ステージで大喝采を受ける。コーチや新たなメンバーを迎え、チームは全国大会出場へ向けて本格始動するが…。
チアリーディングとは、こんなに激しく美しいスポーツだったのか!何かに一生懸命な人間の姿とは、なんて格好良いのだろう!著者の通う早稲田大学に実在する男子チアリーディング・チーム「SHOCKERS」に取材した、みずみずしい若さ溢れる、感動必至の長編スポーツ小説。

(引用:amazon)

朝井リョウ本人は自らの作品を「みずみずしい若さ溢れる」みたいな紹介のされ方を嫌がっていたが、実際この作品はみずみずしい。主人公は小さいころからチアリーディングをやりたくて行動に起こすのではなく、挫折を味わい悩みながら誘われてチアリーディングを始める。そんな風に強い意志で始められたストーリーでない所に、僕は良い意味でみずみずしい若さを感じた。

その主人公の晴希と親友の一馬は男子でチアリーディングを始める人物として登場するのだが、 周りから色眼鏡で見られつつ仲間を増やし大会に臨む姿は青春小説の王道で、大会がある為、終盤でも盛り上がり楽しめる作品になっている。

誰かに応援される青春ではなく、誰かを応援する青春という特別な青春物語を是非楽しんでみてほしい。誰かを応援する人間はそれだけで、誰かに応援される価値のある人間であることを教えてくれるはずだ。

作者:朝井リョウ

作者である朝井リョウさんは多くのメディアにもご出演されているので今さら説明もないのだが、一応簡単な紹介だけ。

2009年に『桐島、部活やめるってよ』で第22回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。この作品の知名度は未だに高く、映画化もされている。また、2013年『何者』で第148回直木三十五賞受賞。最年少の男性受賞者となっている。もはや天才。面倒くさいが天才です。

本人はあまり納得いっていなかったようだが『武道館』がドラマ化されていたりと受賞作以外の人気も高い。中高生が読むことで心に何かを感じさせてくれる作品も多いので読書感想文の宿題などにも最適な作家なのではないだろうか?

スポンサーリンク

感想

題材も面白く晴希の生い立ちや周囲の人間関係もとてもよかったが、広げに広げた登場人物たちのバックボーンがスカスカに感じられてしまったのは残念だ。珍しい競技を文字で伝えようとすると説明的な部分が増えるので、上・中・下の三冊構成くらいで丁度いい作品になるのではないかと思う。そういった意味ではハードルが高いことに挑戦した作品と言える。

晴希の実直な性格とコンプレックスのバランスが良く、朝井リョウの得意分野?ともいえる思春期特有の劣等感や罪悪感が絡み合い、仲間とぶつかり乗り越えていく様は、ただ疾走感と爽やかさを描いている青春小説よりも深みがあった。

残念に感じてしまったのは、 チアリーディングの演技描写が説明的で伝わりにくかったことだ。読んでいて気持ちが離れていしまいそうになった。本来一番盛り上がるべき演技シーンが説明的であることが、この作品の場合致命的に感じる。

画家の中でも精密なデッサンを得意とする画家と、抽象的な絵を得意とする画家がいるのと同じで、朝井リョウは見たものをそのまま美しく説明する技術ではなく、内面の鬱々とした描写こそが得意分野であると思っている。ゆえに出来れば『一瞬の風になれ』の佐藤多佳子さんや、『DIVE!』の森絵都さんなどの競技中の描写が抽象的で素晴らしい作家さんの表現で同作を読んでみたいと感じてしまった。

ただシリアスな雰囲気でぶちこんだ「なかまゆきえ」は流石に笑ってしまった。

実写化向き

しかし、作者である朝井リョウは非常に計算高く作品を作る人間だ(良い意味です。本当です。大好きですよ。)

この作品は話題性を含めて、他の媒体に移行することを計算して作られている可能性も大いにあるのではないかと思っている。つまり、映画化でありアニメ化を当初から狙っている作品ではないかという疑念。

小説映像という媒体では、それぞれ作品の作り方が違うし、出来る事も違う。必然的に向いているものと向いてないものがあり、この作品は動的な要素を多く含む作品なので絶対に映像化に向いている

演技の部分が視覚的に楽しめれば、元々物語の骨格がしっかりしているので、素晴らしい作品になるであろうことが予想できる。あえて小説に向いてない動きのあるチアリーディングを題材に選んだのは朝井リョウなりの計算があったのではないかと思っているので、もしその通りだったなら彼を尊敬してしまう。

ちなみに漫画にもなっているのだが、小説よりはいいとしても漫画の表現でも作品の躍動感がどれほど伝わるのか悩ましいところだ。

アニメ化

事実、映像化向きの作品であることを証明するように、2016年7月から アニメが放送される。

主人公が男性なので、アニメのターゲットは俗に言う”腐女子達”なのではないかと思って戦々恐々としている。原作小説のストーリーは割とまっすぐな青春ストーリーなので出来ればまっすぐな作品であってほしい。

上記のように、視覚的な動きのある物語なので、文字を説明的に追っていくよりも見たままの感覚で楽しめるアニメやドラマの方が良い部分が出るのではないかと思っている

もしこれで、アニメが大ヒットするのであれば敢えて動きのある小説を書くというビジネスモデルが確立するかもしれない。

一応、アニメの初回放送日は2016年7月5日からなので、興味がある方は見てほしい。

最後に

プラスの意見もマイナスの意見も包み隠さず書いたが、僕は朝井リョウが好きなので、ドラマも小説もアニメも全てヒットしてほしいと思っている。そしてその分悩みを抱えてグチグチ話してほしい笑。

また、そんなことより何より、どの時間帯でも構わないので、またラジオ放送を初めて欲しいと思っている。どちらかと言うと小説よりもラジオの方を頑張って欲しい

スポンサーリンク