2018年4月に行われたAFC女子アジアカップ。
FIFA女子ワールドカップ2019フランスの出場権を獲得し、さらには優勝という栄冠も獲得したなでしこ達には万雷の拍手を贈りたい気持ちだ。
その代わりといっては何だが、なでしこジャパンの現監督である高倉麻子さんが執筆した『なでしこサッカー―世界の頂点へ』という作品を読んでみた。
この作品は、伝説的な2011年にドイツで行われたFIFA女子ワールドカップでアメリカとの激闘を制して優勝したあとに書かれた作品で、女子ワールドカップ優勝のなでしこジャパンと女子サッカー界の過去と未来について書いている。
実際に手に取って読んでみると、高倉麻子というサッカープレイヤーがどのような考えでプレーをし、監督になった後にどのような考えの戦術を好むのかがおぼろげながら見えてきた。
そこで今回は『なでしこサッカー―世界の頂点へ』の感想と、著書の内容から、高倉麻子監督が考える新生なでしこジャパンのサッカーを読み解いてみようと思う。
なでしこサッカー―世界の頂点へ
日本女子サッカー伝説の天才MFが、なでしこジャパンの過去、現在、将来を徹底検証。なでしこの強さとライバル国の戦力を分かりやすく分析する。(引用|amazon)
現なでしこジャパンの監督・高倉麻子が監督になる前段階で書いた著書。
せっかくなので、高倉監督についても少しふれておきたい。
1968年、福島県に生まれる。岡山小学校時代から男子生徒に交ってサッカーを始め、福島で話題になる。
1981年、福島第三中学時代に東京都リーグのFCジンナンに所属、福島成蹊女子高校に入学しても週末に東京に通うサッカー漬けの生活を送る。
1989年、高校2年生の時に読売日本サッカークラブに入団、和光大学の現役大学生としてプレーを続け、大学を卒業してからは、スポーツジムでアルバイトをしながら主力として活躍した。(引用|amazon)
まだ女子サッカー人口も少ない中で福島から東京まで毎週通ってサッカーをする情熱と、強豪だった読売クラブ(現日テレベレーザ)に入団して培った経験を持つスター選手だったことがわかる。
ベレーザ時代には、あの澤穂希ともチームメイトとしてプレーしていたこともあり、女子サッカーの解説でおなじみの大竹七未とも同時期にピッチをかけていた。
その情熱と経験を含め、高倉麻子だからこそ書ける視点で2011年FIFA女子ワールドカップを制したなでしこジャパンについて書いているので大変興味深いものがある。
内容について
基本的には当時から報道されていた内容が中心にあり、プラスαで内部の選手たちに近い視点で書かれている印象を受ける。
個人的には、佐々木則夫監督が澤穂希選手をトップ下の攻撃的MFの位置から、ボランチの守備的MFに下げることでチームの戦術を安定させた部分については特に楽しく読ませてもらった。
実際の試合を見ても澤選手の凄さは伝わってきていたが、違った視点から読むことでその感覚が強固に補強されていくように感じる。
また、澤選手のボランチコンバートに合わせて、システムを4-3-1-2から4-4-2に変更して守備ブロックの安定を図っている点も興味深く読ませてもらった。
当時のなでしこジャパンにとって、守備時のボール奪取のタスクをこなしつつ、得点への嗅覚を要所で発揮する澤選手の存在がどれだけ重要だったかを改めて感じられる内容だ。
この時期に変更したシステムの一部が、現在のなでしこジャパンの基盤になっているようで重ねて面白い。
唯一、編集の問題なのだが、文章中に謎の改行があったりスッキリしない全体の構成が悪目立ちしてしまうので、本としての質はいまいちな印象を受ける。
おそらく、なでしこブームに乗っかろうとした編集者が急いでいたからこその不備だと思う。
仕方ないことかもしれないが、読者としては少しだけ残念な気持ちになる。
高倉監督が目指すサッカー
高倉監督のサッカーを読み解く中で、作品を読んでいる中でいくつか気になった点がある。
現在のなでしこジャパンのサッカーに見え隠れする信念が、当時の文章の一部分からおぼろげながら感じられるのだ。
その内容に触れる前に、就任会見にて高倉監督が選手を選ぶ時の基準を発表していたので以下に記しておく。
- テクニックがあってクレバー
- 走れる(常にハードワークができる)
- チームのために戦える
- 代表への思いが強い
これは就任会見の際に本人が口にしていたことだ。
代表への思いが強いという部分については絶対条件として、
- 走れること(常にハードワークができる)
- チームのために戦える
の2点については、特に守備の部分を指しているように思う。
チームの為のハードワークこそが、なでしこの守備における最低限のタスクといっていい。
ここが崩れるともうなでしこのサッカーは機能しないといっていいかもしれないほど重要な部分になる。
その守備時のハードワークを前提として、過去の文章を読むと読み取れるものがある。
個のテクニック
高倉監督が目指すなでしこサッカーの攻撃に関しては「個のテクニック」を重視している。
当時所属していた読売クラブに関して、以下のような文章があった。
その頃はまだJリーグは発足していませんでしたが、数ある実業団のチームの中でも、いち早くブラジルスタイルを積極的に取り入れ、見ていて面白いイマジネーションあふれるサッカーを実践してくれていました。
キーワードとしては、
- ブラジルスタイル
- 見ていて面白いイマジネーションあふれるサッカー
といったものがある。
また、
やはり私のサッカーのルーツは読売にあります。
個人技と戦術に優れ、何と言ってもサッカーというスポーツに対して志の高い選手がたくさん集まっていました。
ここでは、
- 私のサッカーのルーツは読売
- 個人技と戦術に優れ
といった言葉がみられる。
高倉監督は、自身の原点である当時の読売クラブのサッカー・・・つまり、ブラジルスタイルサッカーが根幹にある監督であることがわかる。
前線で選ばれている選手にドリブラーが多いのもうなずける。
テクニックを使った連携
ただし、個の技術だけに頼っている訳ではないことも書いておきたい。
ドリブラーを中心に置いた個の力での打開を狙う部分が上手くいかない時に重要なのが、選手の選考基準にあったこの部分だ。
- テクニックがあってクレバー
サッカーという競技においてクレバーとは、熱くならずに
<臨機応変な対応ができる事>
を指している。
「走れること(常にハードワークができる)」「チームのために戦える」が守備における最低限のタスクを指しているのに対して、「テクニックがあってクレバー」というのは、テクニックを使って臨機応変な攻撃をすることを示唆しているように思える。
具体的には裏のスペースへのフィード、アタッキングサードでワンツーといったところか。
つまり「テクニックを使った連携」だ。
とはいえ、常にテクニックを使ったポゼッションを目指しているわけではなく、あくまでも個の打開をベースにしたサッカーの延長線上にあるのが「テクニックを使った連携」という考え方であり、そのどちらも、可能な限りリスクを負わずに少人数で点を取るという考え方は変わらないと思われる。
守備時に失点しない運動量と攻守の切り替え、そしてフィジカルについてはどの選手に対しても求めている。
最低限のフィジカル
作中でフィジカル面についても少しだけ触れられている部分がある。
当時、「読売」というと足技ばかりにこだわって走らない、というイメージがありましたが、実は、フィジカルのトレーニングは、相当厳しくやっていました。
やはり、肉体が技術の基本ですからね。
高倉監督はフィジカルを決して軽んじているわけではない。
フィジカルトレーニングもおそらく佐々木監督並みに行っているのだろう。
読売クラブの影響が大きいようだが、
- 肉体が技術の基本
という言葉は、実にわかりやすい。
要するに、テクニックを出すために必要なフィジカルは必須であるということだ。
なでしこジャパンのサッカーは、フィジカルを駆使して戦う訳ではないが、世界と戦う為にフィジカルトレーニングは必要不可欠であると考えている点が見て取れる。
『個を生かし和を奏でる 世界一に挑む45の流儀』
さらに高倉監督の最近の著書、
『個を生かし和を奏でる 世界一に挑む45の流儀』
という本がある。
内容紹介
育成年代の監督として世界一に輝き日本サッカー史上初の女性代表監督としてなでしこジャパンを率いる高倉麻子。
本書は、著者がこれまでに指導者として培ってきた「個性を生かして組織を躍動させる」育成術を45の流儀としてまとめた1冊です。(引用|amazon)
アンダー世代の日本代表を率いていた経験を凝縮したような内容の本で、サッカーに限らず、比較的長期スパンで上司やマネジメントの仕事を行う人間におすすめしたい。
この作品のタイトルがそもそも、
【個の攻撃スタイルを中心にした臨機応変なチーム】
というなでしこジャパンのサッカーを端的に表しているように思える。
最後に
低迷期と言われていたなでしこジャパンが2018年AFC女子アジアカップを制したことは大変喜ばしいことだ。
一度目のワールドカップ制覇ではブームに近い形になってしまったが、継続して結果を出していけば、そのブームは文化という形になってもおかしくないはずだ。
僕は継続して高倉監督率いる新しいなでしこジャパンのサッカーを応援していきたいと思う。