一風変わった作品を描く、
奥田英朗(おくだひでお)
の作品の中でも、特に心に引っかかったまま離れない作品がある。
それが『純平、考え直せ』という作品だ。
この作品は特別に感動を誘うストーリーなわけでも、燃え滾るような熱い展開が待っているわけではなく、達成感もなければ押し寄せる感情に涙が流れるような作品でもない。
それなのに何故か心に引っかかって忘れられない作品・・・それがこの『純平、考え直せ』という作品なのだ。
今回は映画化されたこの作品のネタバレ感想を書いていきたいと思う。
とはいえ、あまり偉そうな小説レビューというよりは、作品の特徴と映画化の情報などもまとめてみたい。
純平、考え直せ
あらすじ
坂本純平、21歳。新宿・歌舞伎町のチンピラにして人気者。心酔する気風のいい兄貴分の命令は何でも聞くし、しゃべり方の真似もする。女は苦手だが、困っている人はほうっておけない。そんな純平が組長から受けた指令、それは鉄砲玉(暗殺)。決行までの三日間、純平は自由時間を与えられ、羽を伸ばし、々な人びとと出会う。その間、ふらちなことに、ネット掲示板では純平ネタで盛り上がる連中が…。約一年半ぶりの滑稽で哀しい最新作。(引用|amazon)
感想
鉄砲玉として組長に暗殺を命じられた純平が決行までの三日間を自由に過ごしている様子が描かれている。
この作品を読んで奥田作品はやはり面白いとハッキリと確認できた。
物語を読んでいると、不思議なことに読者の中に純平という人間に対する謎の親近感が生まれてくる。
しかも、それはただの小説の登場人物としてではなく、バカだけど気のいい自分の友達のような、
”読者にとって近しい存在としての純平”
という感覚で読んでしまうのだ。
純平に対して小説の登場人物という他人ではなく、
「コイツはアホだなぁ」
としみじみ思ってしまうような近い距離感で見守ってしまう感情が生まれてくる。
ただし、その距離感が絶妙で「殴ってでも止めてやる!!」と息巻いて止める親友のような距離感ではなく、「やめておいた方がいいよ~」とやんわり止めるくらいの距離感で純平を見守っている感覚が近い。
僕自身の純平に対する距離感も、彼の為に人生をかけて尽力する気はないけど、鉄砲玉を思いとどまるんだったら酒でも一杯おごってあげながら「お前は間違ってないよ、うんうん」と肩でも叩いてやりたくなるような距離感といえばわかるだろうか。
そしてこの絶妙な距離感は、
【50%の心配】
と
【50%の好奇心】
で形成されているので、より一層の読書欲を誘っており、この感覚は他人事に騒いでいるネットの距離感に似ていると思う。
純平の彼女に当たる女性・加奈は純平が鉄砲玉として暗殺を実行しようとしていることを、ネットの掲示板(おそらく2ch)に書き込んでしまい、インターネット上がある種のお祭り状態になっていくのだが、読者もネット上の部外者の一人のような距離感で純平を見守ることになるのだ。
純平に対して読者も感じている「バカだなぁ」とか「やめとけよ~」という感覚と同じように、ネット上でもバカ呼ばわりされていたり、鉄砲玉を思いとどまるように説得されたりしているので、読者もネット民の一人として物語を見ているような感覚になるのだろう。
純平に対するインターネットの住人達の距離感、周囲の人間の距離感、そして読者からの距離感の3つの距離感がそれぞれ微妙に異なりつつも、皆そろって、
「純平、考え直せ」
と思っているにもかかわらず、結局、純平にその想いが届くことはない。
わりとコミカルに進んでいるように見える物語だが、それでも純平は考え直さないで物語は終わりを迎える。
読みやすさとは真逆にシビアな結末の物語として幕を閉じていくこの作品は、似た境遇の人間に対する教訓を伝えてくれているように思える。
同時に、ネットの書き込みのように身勝手で事情を知らない側というのはいつだって好き勝手なことを言えるが、人生はそんなに単純ではないということの教訓を伝えているようにも思える。
正論で一点の曇りもない人生の選択ができる人間なんていないのだから。
読者を誘う”同感力”
僕が思うこの作品の最大の特徴は、読者の集団的な”同感力”を刺激するところにある。
純平はヤクザという職業に身を置いているが、人間としてとても純粋で、ある部分では芯が強く決めたことをやり抜く心意気もある。
また、年齢的な部分やその性格の実直さから周りの人間たちからとても好かれている。
そんな純粋な一面を持つ純平が、ヤクザの親分や尊敬している兄貴分に上手くあしらわれて、鉄砲玉として利用されようとしている様子を見て読者は「純平、考え直せ!」と心から思う。
また、恋人や歌舞伎町の仲間たち、ネットの住人達も思いとどまるように「純平、考え直せ!」と言い続ける。
読者も登場人物たちも一体となって「純平、考え直せ!」と思い続けるし、読み手も盛り上がるネットの住人の一人になったように錯覚させるような構成をしているので、僕自身も何度「純平考え直せ!!」と思ったかわからないほど、純平の心変わりを祈ったものだ。
「純平、考え直せ」
このタイトルは、皆が純平に対して思っている心の叫びなのだ。
残念ながらその想いが届くことがない。
本当に皮肉なタイトルだ。
映画『純平、考え直せ』
ちなみにこの小説は映画化している。
Story
新宿・歌舞伎町のチンピラ、坂本純平(野村周平)21歳。いつか〝一人前の男〟になることを夢見ながら、組の雑用に追われる日々だ。そんな純平、ある日、対立する組の幹部の命を獲ってこいと命じられる。
「これで一人前の男になれる」と気負い立つ純平は、偶然出会ったOLの加奈(柳ゆり菜)と一夜を共にし、つい〝鉄砲玉〟になることを洩らしてしまう。手元には拳銃一丁と数十万円の支度金。退屈を持て余していた加奈は、時代錯誤な純平の情熱に呆れながらも不思議な胸の高鳴りを覚え、決行までの三日間、純平と行動を共にすることに。新宿を見降ろすホテルに泊まり、大好物の焼肉をたらふく食べ、思い切り笑い、そして孤独と不安を慰め合ううちに、ふたりは惹かれ合っていく…。
「鉄砲玉なんかやめて、一緒に逃げようか」と言う加奈に、「男が一度決めたことだから」と純平は聞く耳を持たない。そこで加奈はSNSに相談。すると、忠告や冷やかし、無責任な声援がネット上に飛び交い出した!加奈の想いと、ネット住人たちとの交流が、純平の決意を揺るがし始めるが、決行の日は迫り――さぁ、どうする、純平!
(公式サイトより引用)
キャストはセンスを感じる選択で、鉄砲玉をやらされる純平役は野村周平さんが演じる。
(公式サイトより)
そして恋人役の加奈は柳ゆり菜さん。
(公式サイトより)
二人ともかなりの再現率でイメージピッタリだ。特に野村さんのチンピラ感がいい感じ。この役って、チンピラを演じながらも、観ている人に好感も持ってもらわなければならないという難しい役だと思う。
結末が小説と同じなのかは見て確かめるしかないが、考え直すような展開で進みながら、やはり破滅していく方が映画としての余韻が残りそうな気がする。
最後に
若気の至りのひとことで片づけるにはあまりに重い”鉄砲玉”という行為。
その行為によって得られるものはあまりにも少なく、失うものを思うと胸が張り裂けそうになってしまう。若者の数十年の時間が、汚い人間の野心の為に奪われていく様子は気持ちの良いものではない。
もし仮に似たような取り返しのつかない行動を起こそうとしている人がいるならば、この作品を読んで少しでも心変わりしてくれたら嬉しいなと、そんなありもしない想像をしてしまうような心に残る作品だった。